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「キレる親」+「反抗期の子ども」=地獄

2016/10/31 06:30
最近、うちに娘のお友達がよく遊びに来ます。

面白いなぁ、と思ったのは
「なんかさ、録音した自分の声ってガッカリやんな」
「そうそう、ガッカリするする!」
「なんかさー、声が思ったより高いっていうかさー、
 子どもっぽいっていうかさー」

子どもっぽい!?
子どもじゃないか、君たちは…

とか思って、おばちゃんはププっとおかしくってしまうのです。

娘もしょっちゅう
「もう、それぐらいできるって!
 お母さんは私をどんだけ子どもやと思ってるの!?」
とか言うなぁ…

「ん〜。どれだけって、割と子ども」とか、
ついつい面白半分で答えちゃうんですが…
(だってねぇ、まだ小4で10歳だし)

本人達の頭の中では、
もう大人の仲間入りに近いところにいてるんだろうなぁ。

私が小さい頃、「あなたのために」という言葉の呪縛で
ぐるぐると縛られてきたため、
なるべく自由にはやらせてあげたいと思うのですが

この娘の今やりたいことっていうのが
「電車に乗って友達だけで買い物に行きたい!」とか…

ほかのお子さんも連れだってのことなので、
なかなか許可する気にもなれず…。

行けそうな気もするんだけどなぁ。

この間、英語塾でのイベントでハロウィンパレードがあった時も
「お母さんは来なくていいから!
 お友達だけで歩く方が楽しいし!」とかいうので

大人もたくさんいるし、ま、いいかと。

ただ、私は私でお菓子を配る担当だったので
パレードの途中で娘達に会ったんです。

「お〜、お母さんやん!一緒に歩こう!」だって。
なんじゃそら。とか思いつつ、
まだ母も仲間に入れてくれるのかぁと嬉しくなりました。

こうやって子どもらしい娘に関われるのも、
あと2年くらいかなぁ。

自分の中学生の時って、反抗期ばりばりで
「あー!大人うぜー!金がすべてじゃないだろ!
 中身を見ろよ中身を!」とか
たいして中身も詰まってないのに、敵対心むき出しでおりました…

ま、反抗期だからね。ごめんね…。
でもね、反抗期って、
すべての子どもではないにせよ、自然な感情の変化だと思うんですよ…。
https://welq.jp/51223

大人になった私が今、
「キレる」を改善しようと今、私がこころがけてるのは
すごくいいタイミングだったなぁと思います。
(しかも、前よりずっとマシ)

キレる親と、反抗期の子ども。
ホントに、最悪の組み合わせです。

私が反抗期の頃、親から「出てけ!」って言われたので
「お、ラッキー」とか思って出て行こうとしたら、
階段の上から突き飛ばされたことがあります…。

死ぬやん!それ!

落ちながら手すりにつかまったので
怪我がなかったのですが…。
怪我がなかったからといって、オッケーな問題でもないでしょ…

その後に、
「出て行けって言ったら、あんたは本当に出て行く。
 だから監視しないとダメ」と
さらに絶望的なことを言われました。

監視って…牢獄ですよ。
受刑者は罰として監視されて自由を奪われますが、
何もしてないのに罰を受けるのは、まっぴらゴメンでございます。

んで、正当な理由をつけて、やはり家を出ました。
出たら距離ができて、親ともまずまず関係修復しましたが…

「距離ができて、いい子に見えるからじゃないか?」とか
愛情への疑いみたいなものが芽生えてしまうのは、
事実でございます(んで、子どもの性格も曲がる、とうい悪循環)。

そう、こんな地獄生活は繰り返してはならん!

とはいえ、娘と私の反抗期ライフもどうなるんだろう…
まだ来てないのに、ハラハラするわ…


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ゲシュタルトセラピーと名越先生のお話。

2016/10/30 07:38
昨日書いたものの続編みたいな感じですが…
http://toma31.at.webry.info/201610/article_9.html

この田房さんの著書の中では
ゲシュタルトセラピーの先生と田房さんとの対談がありました。


対談で出てくるのがゲシュタルトセラピー理論の中の
「トップドッグ」と「アンダードッグ」のお話し。
かいつまんでご説明すると、例えばですが…

●子どもが環境(家族)とうまくやっていくために
・どうしたら親は喜ぶか?・どうしたら叱られないですむか?を学ぶ。

「お母さんを喜ばせるために、いい成績をとろう!」
「でも本当は勉強したくない」

「お手伝いをすると、お母さんはいつも嬉しそう!」
「でも、ホントは友達と遊びに行きたい」

●この赤文字部分がトップドッグ。
経験からの工夫であり、自分も正しいと感じる。
(自分の内側から湧いているものではない)
●青文字部分の「でも…」というのがアンダードッグ。
自分の内側から湧いてくる気持ち。
(トップドッグが正しいので、抑えつけられがち)

外ヅラで現れる→「いい子でいると、みなが幸せ」
内側の葛藤→「でも、こんな●●はしたくない」
…という感じかしら。
大人になっても、子どもの頃からの習慣で、
やらなくてもいい抑制をやってしまうから、
「アンダードッグが爆発=キレる」。
ってことなんだろうなぁと思います。

だって、なかなか自分って変えられなかったりするでしょ。

まぁ、日々をまるっと素のまま過ごすと
生活に支障が出たりもするので、ここは程度問題だと思うのですが…。

アンダードッグの声が大きくなってしまって
生活に支障が出てきた人(キレやすい人、落ち込みやすい人)が、
落ち着いて暮らせるように、妥協点を探すお手伝いをするのが
「ゲシュタルトセラピー」ってことなのかな。

トップドッグなどの説明を含む、
ゲシュタルトについての説明を見つけましたので、
リンクを貼っておきます
https://thechange.jp/geshutaruto-9881.html

で、ここでもう一つ。
精神科医の名越康文先生なんかは、
自分の心=自分自身ではない、とよくお話されています。

心は瞬時で変わる。次の瞬間で、全く逆のことを思ったりする。
心が怒りなどで波立っていると、自分自身は見えない。
もっと底の方に、静かに自分自身がある…ということのようです。


こちらの本では、心の平穏(波立たない状態)を
つくるために、自宅で行える行(座禅)について紹介されています。

名越先生、精神科医だけど仏教に精通されているんですよね〜。
結構、前に読んだ本なのですが、
今の方が役立ちそうな気がするなぁ…。もっかい読んでみよう。

私ももう、46歳。
人生、半分以上過ぎてると思います。(もっと少ないかも 汗)

心にふりまわされず、
陽のあたるところで、これからの人生を謳歌したいなぁ〜
とか感じる、今日この頃でございます。
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キレる性格は、治せる。

2016/10/29 10:36
昨日、ネットで拾った記事なんですが、
あ、田房さんだ!と懐かしく思いながら読みました。

「家族がいればハッピー、は幻想」
 「毒親」ブーム火付け役の漫画家が語る家族の姿
http://www.huffingtonpost.jp/2016/10/27/eiko-tabusa-interview_n_12669026.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001

私も以前は相当キレやすく(特に旦那に。あ、娘にも…)
手こそはあげなかったけど、
気にくわないことがあれば、よくキーキーと怒鳴っていました…

で、怒鳴ってスッキリするかといえば、全くせず。
その後は、「なぜ分かってくれない」「私は悪くない」
「でも私も悪かった」と、感情がごちゃまぜの
なんとも自己処理しがたい気持ちの渦巻き。

こんな自分が嫌いで嫌いで。
どうしようもなく辛いから、何とかしたいな…と、
自分の過去の見直し(問題は自分の過去にあると思っていたから)を
しているときに、田房さんの本もよく読んでました。
※私の過去の見直しは、ここのブログに起こしました。
私はこの、見直しを書き出すことでずいぶんスッキリしました。
ですが気持ちの揺らぎがものすごく大きくて、通常モードに治まるまでは
2〜3ヶ月どころじゃなくかかったと思うので、おすすめはできません…。


「母がしんどい」「うちの母ってヘンですか?」
「呪詛抜きダイエット」
「それでも親子でいなきゃいけないの?」と読みましたが…。
上記のインタビューの中で紹介されていた
「キレる私をやめたい〜夫をグーで殴る妻をやめるまで〜」だけ
読んでなかったんです。
今思えば、これが一番必要だったのでは…と思います(笑



ま、これは良い機会と思い、遅ればせながら読んでみました。
いや〜、わかる!わかる!
自分ではその時、止められないんだよねぇと、
共感しまくりで読み進めました。
あれこれキレまくって、何とかしたいとセラピーなどを片っ端から試して、
田房さんがたどり着いたのが「ゲシュタルトセラピー」というもの。

未完結な問題や悩みに対して、再体験を通して
「今ここ」での「気づき」を得る心理療法
http://www.iryo.co.jp/gestalt/

漫画の中で、田房さんのゲシュタルト体験も描かれていますが。
開眼するのがはやいの。うらやましくなっちゃいました。
私もこういうの、やってたらもっとスムースに行けたかも〜。

というか、自分で過去の見直しなどして、
自力で解決したつもりでしたが、どうもできていなかったようです。

先日、以前お会いしたえんじさんに再びお会いしました。
今回は娘のことで「最近、学校が嫌いになっている」
「大きなことから小さなことまで、よく嘘をつく」というのが気になって
セッションを申し込んだんですが…。
以前、お会いしたときの様子は↓こちら↓
http://toma31.at.webry.info/201509/index.html


台風が来たりやらなんだで延期したりして、
お会いする頃にはすっかり問題が片付いていました。

お会いするのも申し訳ない状態だなぁと思いながら、
それでもまだ、スッキリしないことがあったので
この機会にお話しさせてもらおうとお会いしたのです。

んで、言われたことは、まず私の母親のことでした。
え?娘のことで相談に来たのに??

私なりにその時のことを箇条書きにすると
●娘さんは、無意識ではあるがお母さん(私)のことを思って
 お母さんのために行動している。
●あなたは、「お母さん」を基準にものごとを考えていませんか?
●おばあさんも、お母さんも、あなたも。
  3代に続いて根底にあるのは愛。
  川のように流れているけど、
  でもみんなうまくできなくて、濁って見えない。
●娘さんは娘さんの困難はあるけど、困ったときに助ければいい。
  ど〜んと構えて、見守るだけでいい。本人は今、困っていない。
●子ども達は、私たちが暮らしてたときと「時代」がちがう。
  昔に当てはめることはない。
  新しい時代を生きる人たちに任せればいい。
●そう、今、困っているのはあなたの問題ですよ。

そう。もうこんな家いやだ〜って思って
なるべく穏便に田舎から飛び出して。
同じような子育てはしない!と思いながら
どうもはまってたみたいです…。
母から逃げたつもりで、逃げていない。

しばらく前に、実家から母の写真をもらって帰ってきて
ずっとキッチンに飾ってたんです。

んで、写真に毎朝おはようって言って。
自分が苦しい時に「お母さんに恥ずかしくないように行動しよう」とか。

そういうこともクセのような思考回路だったと思います。。

これって、一見親孝行な娘風で家族愛の物語ですが、
「母親が気に入るように=自分の考えではない」ってことですよね。

私、自分で過去の見直しなどをして、
自己療法で過去を清算したようにおもっていましたが…
確かに、以前よりかは気持ちが軽くなっていましたが…。

ちゃんとは出来てなかったんだなぁ…。

「ご兄弟のみなさん、お母さんが大好きですね」とも
えんじさんに言われました。

そう、たぶん好きです。いや、そうやな、好きやな。
でも、母の子育ては失敗したところもいっぱいあった。
そういう体験を経た私が、今ここにあるわけです。

今の自分が苦しい時、過去を見直すのは必要だけど、
自己流はたぶん、しんどいし十分ではない。
まだ、ちょっとしたことでキレる時もある…

魔法みたいに、一気にラクにはならないんだろうな。
それでも、プロの手助けがあるとずいぶん違うと思うのです。

何とかできるのは、過去を清算しながら
「今の自分のこと」ぐらいで。
過去の清算と、こうすればいいんじゃない?と
楽な方向に歩く手助けをしてくれるのは
えんじさんのお話しも、
ゲシュタルト療法も同じなのではないかと思います。

娘のことも私の力で何とかしようとしても
ひずみが出るだけじゃないかなと思いました。

私なりに自分を育てて、自分のことが好きになって。
人生を大いに楽しめる状態になれば、
娘も私から「こういうのもいいよな」って
何か学んでいくかもしれないし、学ばないかもしれないし(笑

それで、いいんじゃん。

とにかく私は、昔よりは前進しておる。
上出来だと思う。
でも、まだまだ行ける(笑

自分を育てることを念頭に、
急がず日々暮らしたいと思います。
(でも、ゲシュタルトも受けてみたいな〜!)
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習慣を見直してみると、いいことあるかも【起床編】

2016/10/28 07:45
秋になって、朝が起きづらくなってきましたが…。

娘もご多分に漏れず、朝はいくら揺すっても起きません。
完全に目覚めるまでには、うーん15〜30分くらいかかるかな?
間隔をあけて、何度も娘を起こしに行くのが日課。
あぁ、めんどくさい。

夏の間は、ほおっておいても
パチッと起床時間前に起きてたんだけどなぁ。

で、娘にしばらく前から、起床時にお願いされていることがありました。

娘「あのさ、私さ。一度でいいから好きな音楽で目覚めたいんよね」
私「好きな音楽って言われても…
  どの音楽か分からんし(正直、めんどくさい)」
娘「……(しょぼん)」
私「!!(焦)  あ!そうそう!YouTubeで好きな曲があったらさ、
   いいねのマークを押しておいてよ!
   じゃあ、どの曲が好きか分かるからさ!」(マイページに保存される)
娘「あ!そうする!そうする!」

…なんて会話をしたのが、1ヶ月前でしょうか。
ついつい習慣で、毎日毎日「起きて〜!」って
娘の身体を揺さぶって起こしておりました

業を煮やした娘が昨晩、
「前にも言ってるけど、私、音楽で目覚めたいねんよ」と、再催促。
(いや、再々再催促か、再々再々催促か…ごめん、ついつい)

んで、今朝やってみましたよ。
隣で寝ているお父さんを起こさぬよう、小さい音でYouTube再生。

じゃあね、5秒で起きた(*´∀`*)

うわぁぁあ、ラクだこりゃ。
娘も上機嫌で、いうことなしです。

習慣を変えてみると、いい効果がでてくるものって
他にもあるのかしらん。

3時のおやつとか。
温度調節をエアコンに頼るとか。

自分で思い当たるのは…毎日の晩酌…だろうなぁ。
これって、「1日、おつかれー」のご褒美って思ってるけど、
毎日はご褒美、いらないよなぁ。

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「非定型うつ」との、初めての出会い。

2016/10/27 07:33
先日のこと。
普通にしゃべってるつもりが、
いきなりキレられたという経験をしました。

そして、その後の打ち合わせがボツに。
(個人情報につながる恐れがあるので、詳細は割愛)

それまでも、仕事上でのつきあいがあり、
な〜んもないときは、「明るくて冗談好き」みたいな
雰囲気を出しているんだけど、
言ってることがうまく伝わっていないと感じると
イライラしちゃうのね…
という印象を受けることも多かったのです。

難しい性格の方のかな?と思ってたんですが、
その様子をみて分かりました。

今、メンタル面で病んでいるんだ、って。

でも、鬱病じゃないよなぁ。元気な時もあるし…と、
【鬱病 キレる】で検索したら、
たぶんこれだ、というものがありました。

「非定型うつ」
http://www.fuanclinic.com/byouki/gakken.htm

自分が気分が良いと感じることは積極的になれる、
でも、「否定されることにとても敏感」で
怒りを爆発させることもあり、ひどく落ち込む…
というのが症状としてあるらしいです。

もし、この病気だったら辛いだろうなあ…と思うのですが…。

私自身が、メンタル面での病気らしきものを
過去にいくつか経験しています
(その頃は病院に行くっていう方法すら
 思いつかなかったから、受診していません)

ベースはアダルトチルドレンだったと思うし、

10代〜20代は
離人症っぽかったし。

20代前半の頃、
恋愛のこじれでひどく落ち込んで
ずーっと家に閉じこもってて。
たまには外にでなきゃ!と無理矢理外出したら
途中で一歩もあるけなくなったり。
(これ、今思えばたぶん、鬱病)

20代後半、
転職したてで、私生活ももめてた頃、
ご飯がいっさい食べられなくなって、
不眠&落ち込み、からの万能感。
(これ、今思えば、たぶん躁鬱病)

解離性健忘をしたこともある。
…みたいなね。

ま、どれも診断もなんも受けてないから
たぶん…なんですが…。

んで、あれこれ気持ちに異常を感じながらも
何とか生活しているうちに
現在に至るのですが…。
(ちなみに、今はまったくその気配なし。)

車でたとえたら、アクセルがまったく効かなかったり、
ブレーキの効きが弱くて暴走しがちだったり。
エンジン、煙ふいてるよ!みたいな状態なのに
目的地に行くことを優先で、見ないふりして運転したり…
という感じかなぁ。

故障してるなら、治した方がいいんですよ。

んで、自己判断で治そうとしても
時間がかかるだけなんだと思います。

私は、それぞれの症状を感じてから
治るまでに年単位でかかっていると思います。
特に、離人症と鬱病(どちらも推定)は長かった…


で、はじめにお話しした彼女の話に戻ります。

本人がもし「自分のせいだから」と落ち込んでいるなら、
とても可哀想なことだと思います。
でも、いきなり「心療内科、行った方がいいんじゃない?」とか
いえないですよね(汗
こんな記載を見つけました。

>非定型うつ病は、自分に問題意識を持っていない方も多いです。
>拒絶過敏性を特徴とするので、自分が病気だと思われることに対して
>敏感に反応することもあります。
>ストレートに「あなたは病気だから精神科に行きなさい!」といってしまうと、
>怒りだしてしまうこともあります。
>非定型うつ病で自分に問題を感じていない方には、
>少しずつ気づかせていくしかありません。
>それを家族が行う必要はなく、治療につなげることが大切です。
>そのためには、客観的にみても
>明らかな身体の症状を指摘することがよいでしょう。
>「最近眠気がなかなかとれないみたいだけど、一度睡眠の相談してみたら?」
>「最近だるさがひどいみたいだけど、心療内科で相談してみたら?」
>といった形です。場合によっては事前に家族が受診して、
>状況を主治医に相談しておいてもいいでしょう。
>治療にのせることができれば、
>主治医が少しずつ治療関係を気づいていきます。

http://mentalsupli.com/disease/disease-depression/atypical-depression/atypicaldep-care/#i-3

私は彼女とそんなに身近な立場にはないので、
何らかの行動を取るかどうかは、ちょっと置いておきますが…

身近に当てはまる方がいたら、ご参考までに…。
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残業も家事も、一人で戦ってる訳じゃなかったんだな。

2016/10/26 06:47
晩ご飯のイワシを焼きながら、
娘がゴロゴロと寝転がりながら
ゲームをしているのを
「はぁあぁ、もういい時間やのに
 宿題でもすればいいのになぁ」と
眺めていた、夜7時頃。

画像


ふっと、思い出しました。
私「あのさ、学童の延長保育って、何時までやったけ?」
娘「え、7時やで」

この時期ではもう外は、真っ暗でございます。

保育園では、お迎えに行くと子ども達もいっぱい残っていて、
「まだ遊ぶ〜!帰らない〜!」と、
元気いっぱいの娘でしたが

学童では延長まで利用する人は少なかったようで
(通常は夕方5時まで)
娘を迎えにいくと、ゴロゴロと寝転がりながら
何度も見たDVDをボンヤリ見ている娘が
ポツンと一人でおりました。(あ、先生はもちろんいるよ)

で、その後は自転車の後ろに娘を乗せて、
大慌てで帰宅→わちゃわちゃと夕ご飯…という日々のスケジュール。

その時の姿を思い出すと、自分だけががんばってきたように
思ってたけど、娘もがんばってたよなぁと。
だって、ホントなら家でゆっくりしたかったろうにね。

私「なんかさ、あの頃は気づかなかったけど
  ぴょんちゃん(娘仮称)もお迎えが来るまでがんばってたよね」
娘「うん、まぁ」

ありがとうね、と言うと、娘ははにかんだようなフッと笑って
またゲームの世界に戻っていきました…。

我が家は旦那も残業が当たり前の会社に勤めているので、
平日の助けはあまり望めず。
ずっと私一人で戦うように生活をまわしていた気分がしていたけど、
そうじゃなかったんだなぁと。

保育園の頃の娘と、学童を辞める前の娘にあって
むぎゅぅぅぅぅっと抱きしめてあげたい気持ちになりました。

…小学生の娘は、拒否するな…きっと (;゚ロ゚)

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大切な「もの」と「気持ち」の賞味期限。

2016/10/25 09:47
娘が小学1年の頃。
ゲーム好きの娘なんですが、
愛用のゲーム用ペンを大切にしていました。

とはいっても、ゲームしながら
ガジガジと噛んでしまったり。

「壊れるよ〜」と声をかけても
「そんなん、壊れへんもーん」って。

でもね、やっぱり壊れちゃったんです。

何か、ものすごくショックだったみたいで。
壊れたからと諦められなくて。

「ボンドでくっつける!」とか言って
私が捨ててしまった破片を
ゴミ袋をひっくり返して一生懸命探していました。

結局、壊れたものは元には戻らず。

新しいペンを買ってもそれには触れもせず
しょんぼりと落ち込んでいました。

しばらく経って、娘が言った言葉。

「お母さん、モノの天国ってあると思う?」
「え〜、モノ?あのペンのことか?」
「モノの天国があったら、あのペンも
 天国で元気にしてるかなぁって思って」

その言葉を聞いてね、私、ちょっと感動してたんですよ。
なんちゅう優しい子や(泣)って。
もう、絵本にしたいくらいや!って。

だから、それからしばらくモノの天国について、
二人で話をふくらませて。
「きっと、いっぱい遊んでくれてありがとうって言ってるね」
とか話をしてたんです。

んで、先日のこと。
今は小学4年生になった娘に、この話を思い出して
「そういや昔さ、モノの天国って話をしてたよねぇ」とか
言ってみたんです。

んじゃ、娘。
ロコツにイヤな顔して
「あー、言ってた言ってた。あれさ、まだ子どもやったし。
 なんか黒歴史やから、もう言わないで」だって!

1年生の頃には、おとぎ話のようなロマンチックな心は
娘には必要だった思いだけど、今では黒歴史にとって変わり…。

子どもって、気持ちもぐんぐん大きく変化してるのね。と
改めて感じました。

大人はどうなんだろう。
落ち込みがちな自分とか、ついカッとなってしまう自分とか。

「自分が評価する自分」を大事に抱えていないかなぁと。
意外とその「自分」、もういらない「自分」かもよと。
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娘がピアノを辞めたことから考えた、私が捨てきれなかった「昭和の根性論」。

2016/10/24 07:36
娘がピアノのお稽古事をやめました。
ずっと前から、嫌々練習してる感じが満々で。

それでも、辞めちゃいけないと続けていたのは
私が大事に抱えていた
「自分がいいだしたことは、最後までやる」ってことだったんよね。

そもそも、娘がピアノを習いたいっていったのは、
…ん〜保育園の頃だから5年ほど前???かな?

4〜5歳か、6歳か。
そんなもんだと思う。

幼児ですよねぇ。

幼児の頃に言ったことを、「自分が言ったんだから、最後までやれ」ってのを
押しつけてたのかも。

2年程前に、娘はピアノに対して白旗を揚げました。
その頃はまだ、グループレッスンで習っていて。

「もう、ついて行けなくてイヤだから辞めたい」
って。

もう少し、方法を変えたら…と、
私は個人レッスンに変更しました。

最初の頃はご機嫌で通ってたのものの、
やはり練習したくない。行くのはイヤだなぁ…という
雰囲気は手に取るように分かりました。

それでも、無視してた。

「自分が言ったことは、最後までやらないといけないから」

今思えば、私の自己満足を満たすためなんじゃないかなぁと。。。。
ほんと、ごめんね。


先週、ピアノをお休みしたいという娘と改めてお話。
私「何で?レッスンって言っても、30分やから行けばいいじゃん」
娘「疲れた。今日は学校行事もあったし、行きたいない」
私「何でよ、そんなにやる気がなくてどうするの?ピアノ嫌いなん?」
娘「ん〜あんまり好きじゃない」
私「じゃあ、なんで行ってるの?」
娘「辞めるって言ったら、お母さんが怒ると思って…」

そっか…と。そういえば、娘はずいぶん前から白旗をあげていたと思います。
それを私が見ぬふりをしていただけで。


結局は、「一旦、言ったからには最後までやり遂げろ」という
昭和根性論を大事に抱えてる私のせいだったのです。

なんか、娘に大変申し訳ないことをしたなぁと…

今、娘はピアノよりもしたいことがたくさんあります。

イラストがうまくなりたい!友達と遊びたい!
英語は勉強するよ!

みたいな感じで。
どれも、大事なことやと思います。

子ども時代の時間はとても短いのに、
非常にもったいないことをしました。

だいたい、昭和の根性論なんか
自分では大嫌いだと思っているのに。
やってしまってる自分に驚きです。

まだまだ、捨てたつもりで抱えている気持ちって、
いっぱいあるんだろうなぁ。

ちゃんと、そういうことが感じられる自分でいたいと思います。
(自警)


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自分いじめ

2016/10/18 19:29
あ、そうそう。

会社をやめたのは以前に書きましたが。
バンドもやめてます。

なんで私、あんなにがんばってたんだろ。

って、なにげにつぶやいたら
旦那が

「そうそう。この人、何してるんやろと思ってた」と。

体力ギリギリでずーっと生活を運営していて、
正直、きつかった。

もう、そこまでがんばらない。
仕事も、心地よくできる範囲に押さえたい。

それでも、今は暮らしていけるもの。
先は知らんけど。

余裕がなければ、なかなか笑えない。よね。

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ブラックホールのような寂しさから、どうして抜け出せたのか?

2016/10/17 11:36
誰かと一緒にいても、好きな人と一緒に時間を過ごしてもどこか寂しい。
ポコンと小さく空いてる心の穴が、ブラックホールのように
喜びとかを常に吸い込んでいて、どこかもの悲しい。寂しい。

それがごく最近までの私だったのです。

最近、そのブラックホールが見当たらず。
それがなぜなんだろう、どうしてなくなったんだろう?と思います。

自分の寂しさのせいで、死んでいても不思議ではなかったことが
何度も何度もありました。

たぶん、アダルトチルドレンだったと思うし(今もかもだけど)、
離人症の症状も起こったことが複数回あるし。
はやく死にたいと常に思ってる時期があったし。

その逆に、誰にも負けたくない!とか、
誰にも負ける気がしない!とか
ものすごく鼻息があらかったこともあるし。
(これは、逆に躁の状態かと…)

でも、いまは。
負けてることもいっぱいあるし、
そんでも、死にたくないし。

今の私でいいんやな。と思える46歳。
何が変わったのかなぁ?

誰かの役に立つなら、精神科医の方に分析でもしてもらいたい。

今の私には、寂しさがない代わりに、
1日、無事に過ごせてよかったなぁとか、
役にたってよかったなぁとかがあるねんな。

決して順風満帆ではないけど、
死にたくはないし、不幸でもない。

どうしてこうなれたんか、分析して欲しい。
死にたいと思っている人のために。


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「好き」「嫌い」の生まれかた。

2016/10/14 10:21
小さい頃の私と言えば、月から土曜まで塾がぎっしり。
「我が家の子だから、後ろ指を指されることは厳禁」と、
結構、ぎゅうぎゅうと縛りの多い家で育ったのですが…。

唯一、ゆるいところがあったのです。

「食事」

小さい頃の私はとても偏食で、
ひどいときは「白ご飯、卵焼き、ソーセージ」ぐらいしか
食べることができませんでした。
……よく生きてたな……

母自身がとても食べ物の好き嫌いが多い人で、
かつ、小さい頃は食事に関して
厳しい環境(お箸の持ち方やら、好き嫌いやら)だったらしく。

「ごはんの時ぐらい、なごやかにしてたい」とか言ってたので
とにかく、母本人も、小言をいうのがイヤだったのかもしれない。

なので、私の偏食もあまり改善されませんでした。
給食も、嫌いな食べ物が出たら
ずーっとにらめっこしながら、掃除の時間に突入…という感じ。

たしか、小学校低学年のある日、
生野菜のサラダが給食にでたんですね。
嫌いだから、ずーーーーっとサラダとにらめっこ。
先生も片付かなくて困ってたのか、
ツカツカと私に歩み寄ってきて、こういいました。


「お野菜食べたら、お肌がキレイになるのになぁ」


10歳にもなってない女の子に、
「お肌がキレイになる」ですって!!
そんなんで食べるわけないやん!とか、思うでしょ?

私がどうしたかというと…
食べました(笑

「野菜は体にいい」とかはしょっちゅう言われていたけれど、
より具体例が提示されて、
しかも「肌にいい」→「かわいくなる!」ってのが
グッと心に響いたんでしょうね。

食べたら、思ってたよりいけるやん♪と、
サラダ完食。

単純でございます(笑

そして、今の私はというと、
好き嫌いがないんですよね。
割と、何でもおいしくいただける。

学生時代、一人暮らしをしているときに
お金がない友達同士が集まって
自宅飲み会をよくしていたのですが、
この頃に初めて食べたものが結構、
今の好物になっていたしります。

納豆とか、キムチとか、タイ料理とか…

もし、小さい頃に無理矢理食べさせられたものがあったら、
それが「嫌いな食べ物」になっていたかもなぁ。
とか、思うんです。

そして、食べ物のことだけじゃなくて、
実は勉強とか、習い事なんかも
無理強いしてもホントは無駄というか、無理なんだろうなぁ…
とか思ったり。(実際、私も勉強が嫌いになったし…)

…と、頭では思うのですが、
我がムスメの教育などを考えると、すごく不安になってしまう。
困るまでほっとけばいいさ、とは思うんですがね…

答えはでてるのに、実践が一番難しいなぁ。

と、↓このブログを読みながら、ぐだぐだと考えておりました。
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12209508997.html
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